アンジュルムと「生活」について
ここ1年間ぐらい、「生活」という単語が私の中で重要なキーワードとなっている。
大学、就活、恋愛、人間関係、社会人、転勤、一人暮らし。色々なことがあって「生活」を意識し始め、「生活」について日々考えるようになった。
そんな中で、最近のアンジュルムも「生活」というキーワードと密に関わっているなぁと感じたので、イキってはてブ書いてます。
私がそう感じ始めたのは、りなぷ〜こと勝田里奈ちゃんが卒業発表をした時。
なんというか当たり前のことなんだけど、彼女たちはアンジュルムであると同時に一人の人間でもあるわけで。漫画やアニメだったら和田さん卒で一旦区切りがついたらしばらく卒業や加入はなさそうだけど、実際はそうじゃない。それぞれがそれぞれの時間で生きている。アイドルは偶像であると同時に現実。
— ʚぁんりんɞ (@smanriii) 2019年6月26日
アイドルであることは、もちろん確かに勝田里奈ちゃんの一部なのだけれど、私たちの知らない部分も彼女にとっては間違いなく自分自身。
“アイドル”であることも、“普通の女の子”なことも、彼女の「生活」の一部なのだ。
そして、それはヲタクに関しても同じ。
おまいつ、ピンチケ、女ヲタ。今は同じ“ヲタク”だけど、明日には“課長”かもしれないし、“大学生”かもしれないし、“地下アイドル”かもしれない。
ヲタクである自分も、社会人一年目である自分も、どちらも間違いなく自分自身である。
和田彩花さんは、自身の卒業前日、ブログでこう語っていた。
ついに明日です。
私は今日、いつものように勉強をしていました。
いつも通りの日常を過ごせることが幸せです。
たとえ寂しい気持ちでいっぱいになっていても、ご飯はしっかり食べてくださいね。そして、寝ることも忘れずに。それぞれやるべきことはしっかりやりましょう。
明日です | 和田彩花オフィシャルブログ「あや著」Powered by Ameba
少し話はそれるが、中学生でハロプロにハマった私は、大学生になったら現場に行きまくろうと決めていた。
そして2015年、大学一回生の夏頃から現場に行きまくった。(行きまくった、というのは主観だし当社比なので、お前そんなんで現場系ヅラしてんじゃねーよみたいな声は放っておきます。)
生涯の推しである田村芽実ちゃんが卒業を発表してからは、本当におかしくなるぐらい現場に行きまくった。お金が無い→バイトを増やす→学校を休む→現場に行く→以下ループ、みたいな毎日だった。お金が無くなると人は卑屈になる、これはマジ。今思えば精神的にちょっとキてた。
ご飯もろくに食べず、変な時間に睡眠、やるべきことをやらない毎日。
そして2016年5月30日。田村芽実ちゃんはアンジュルムを卒業した。私に残されたのは、たくさんの思い出と、チケットと、日替わり写真と、崩れた「生活」だった。
夢の時間である現場に没頭しすぎていた。「生活」から目を背け、夢に依存していた。
現場はもちろん超楽しいんだけど、「生活」と地続きであることを忘れちゃいけない。現場も「生活」の一部なのだから。
そんな当たり前のことに気づかせてくれた和田さんは、やっぱり偉大だ。
ぜいたく言わない 日々から逃げない
だけどつまらない人間じゃない
踊りたいの!
http://j-lyric.net/artist/a0599d1/l04b5c4.html
夢に見てた自分じゃなくても
真っ当に暮らしていく
今どき
http://j-lyric.net/artist/a0599d1/l0494eb.html
「恋はアッチャアッチャ」も、「46億年LOVE」も、日常と非日常が対比されている曲だ。
人は大きな夢を抱きながら、幸せな未来を夢見ながら、毎日毎日毎日毎日、「生活」する。
ご飯を食べる。働く。遊ぶ。お風呂に入る。寝る。
「生活」する。
だって 生きてかなくちゃ。